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僕の夜の暗さの認識は都会基準に補正されてしまったのかもしれない

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先週末、義理の弟の結婚式に出席するする為に宮城に行ってきました。

妻の実家は、宮城県北部の周囲を山と畑に囲まれた場所に家が建っています。
妻が幼い頃、家に続く道路には外灯すらなく、お婆ちゃんが「孫が歩くのに危ないから外灯をつけてくれ」と町長さんに掛け合って設置してもらったほど家の周りは真っ暗です。
 

 

そんなところで育った妻にとって「夜は暗い」というのは当たり前の事でした。

家の前で妻が言った「暗闇を知る事は大切だ」という言葉

仙台で行われた結婚式の後、実家に帰ってきてすっかり暗くなった玄関先で、空を見上げた妻がおもむろに「暗闇を知る事は大切だ」と言いました。
深いような浅いような良くわからない発言でしたが、よーくよく考えてみると妻の言いたかったことが見えてきました。
 

生まれ育った環境はその子供の感性に影響する

夜、バルコニーに出て空を眺めれば視界を遮るビルも無く星が見え、耳をすませば暗闇からカエルの鳴き声が聞こえてくるのどかな環境で妻は育ちました。

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妻が子供の頃に、宮城県登米市にあるお爺ちゃんの家に泊まりに行った時、真夜中なのに家の前の自販機が明るく光っている事と、たまに通る自動車のヘッドライトが明るいことに驚き「都会だなぁ」と感じていたそうです。
 
そんな妻も、大学で仙台に住み、就職で東京に住んで、夜でも暗くない事が当たり前になってきました。現在住んでいる埼玉の家も、遠くを眺めるとパチンコ屋の明かりが深夜まで光り、一本先の国道では24時間車が走ってます。
 
そこからこの宮城の夜が真っ暗な実家に帰ってくると、「あ、夜って暗いんだな」と当たり前の事を実感するそうです。
 
札幌で育った僕からみても、ここ宮城の山に囲まれた妻の実家の夜の暗さのレベルはまた違い、本当に真っ暗です。月明かり以外照らすものは何もありません。ここで夜の暗さを知っていると、都会の夜は確かに明るく感じます。
 
大したことではないかもしれないけど、妻に言われて「夜は暗いもの」という事を再確認しました。
 
そして、
 
昭和生まれ田舎育ちの人間の「夜」と今どきの子供の「夜」の暗さは違うのかもしれない
 
そう感じました。
 
 
今では、多くの道で人家や街頭、コンビニの明かりがあり、一寸先も見えないくらいの夜の暗さはなかなか味わえないものになってしまったように思います。宮城から帰ってきて、埼玉の家の外を夜中歩いて、やっぱりかなり明るいことを再確認。妻のご実家周辺の夜はやっぱり真っ暗でした。
 
そんな夜が真っ暗な場所で育ったせいか、「私、子供の頃からあまり明りのない田舎で育ったせいか暗闇が全然怖くないんだよね」と言います。
 
思い返してみると、息子の鳴き声が真っ暗な寝室から聞こえた時に同時に寝室に入っても、妻の方が暗闇に目が慣れるのが早いような気がします。僕はというと、普段からパソコンやスマホを見ている時間が長いせいか、妻がせっせとおむつ替えをしている最中にようやく目が慣れてきます。
 
妻がおもむろに言った「暗闇を知るのは大切」という言葉。
 
こうやって改めて考えてみると、自分の中の夜の暗さというものが都会基準になっていることに気づき、宮城のご実家に訪れた時の夜の楽しみ方も増えました。
 
夜が暗いと、視覚からの情報が制限されるせいか、鼻から伝わる空気のにおいも鋭敏に感じますし、虫やカエルの鳴き声も鮮明に聞こえます。
 
そうそう、妻の実家はとても水も空気もきれいな所で、時期によっては蛍が見れます。
 
 

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<交尾中に写真を撮ってごめんなさい> 
 
今は息子を埼玉で育てているけど、いつか星空の下テントを張って、夜はこんなにも暗いんだよ、という事をちゃんと見せてあげたいなと思います。そして、息子が大きくなって妻の実家に来た時には、夜中、蛍が飛んでいる時間に外に出て自然を感じさせてあげていです。
 

視覚に感覚の大部分を支配された人間の感性を研ぎ澄ませるのは暗闇?

最後に、暗闇をテーマにした「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」というイベントをご存知でしょうか。


暗闇は、五感を研ぎ澄ませてくれます。その感覚が研ぎ澄まされた感じを味わえるのがこのイベントです。
 
皆さんも、是非、本当の暗闇というものを感じてみてはいかがでしょうか。
 
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