絵描きパパの育児実験記ロクLABO

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絵描きパパの育児イラストブログ

昔は良かった!最近の子供たちが知らない「究極に楽しい時間」とは!?

雑記 雑記-父の想い

先日、息子へ母が買ってくれたオモチャの記事を書いているときにふと思う事がありました。

 

ekakipapa.hatenablog.com

 

季節外れもいいところなのですが、自分が子どもの頃のクリスマスの体験を思い出したんです。

子供のおもちゃの進化☆自分が子どもの頃の記憶と比較

最近の子供用の玩具は、安全面や知育などの効果面がよく考えられていて、手抜きがないなと感心させられる。まだ、我が家にある息子専用オモチャはこれ一つだが、今後どんどんおもちゃを買うことになるんだろうな。

 

自分としては「けん玉」がイチオシ(しつこい)なんだけど、こうやって色々なおもちゃを見るのは子供が生まれでもしないと見ないのですごく新鮮で面白い。

 

けん玉がおすすめな理由

ekakipapa.hatenablog.com


自分が子どものころ欲しがったオモチャとは、クオリティもアイディアもバリエーションも段違い。


自分が子どもの頃クリスマスプレゼントとしてねだった記憶があるのが「ドライヤーなどで熱をあてると書いた文字がモコモコになるペン」でした。

 

女の子が遊ぶようなオモチャだけど、その当時はなぜかそれがすごく欲しかった。
そして、どのおもちゃ屋さんにも全然無くって、両親があちこちのおもちゃ屋さんに行って探してくれたことをかすかに覚えています。

 

あの「モコモコペン」今でもあるのかなと思って調べたらありました。

 

マービー ふくらむえのぐ 6色Cセット

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サンタクロースの代行はお父さん!そのお父さんの代行はAmazon!?

自分が子どもだった当時は、もちろんインターネットも無いし、Amazonも無い時代。


きっと色々なおもちゃ屋さんに電話しては、在庫を確認してもらって買いに行ってくれてたんだろうなと想像すると、今は本当に便利になったなと思うし、当時の子供の期待に応えるための親の苦労は今の比じゃなかったんだろうなと思う。

 

そ の当時、自分の欲しがったクリスマスプレゼントを求めて、親があちこち探しに行ってくれたのは本当に「サンタさん」と呼べるものだったと思うけど、今は子供が欲しがってるものがあれば「Amazon」で商品名を検索すれば、日本中もしくは世界中からどこかの誰かさんがサンタさん役をやって商品を家まで届けてくれる時代です。


サンタさん役であるお父さんは、ポストに届いたおもちゃを枕元にそっと置くだけでよくなってしまいました。


「サンタクロースの代行がお父さんだったのだが、さらにそのお父さんの代行をAmazonがやってくれるようになってしまった。」

 

そう考えると、なんか味気ないなーと思ってしまう自分がいます。


欲しいおもちゃが手に入るという物質的な満足感もそうだけど、その当時は自分が欲しがったものを探しにあちこち車で連れてってくれて探してくれたのがうれしかったんだよなーと、今更ですが気がつきました。

 

クリスマスプレゼントを探しにおもちゃ屋さんに連れて行ってくれたのは覚えてるけど、受け取ったのはやっぱりクリスマスの朝に枕元だったので、その当時はやっぱりまだ「サンタクロース=父親」 とは思っていなかったのでしょう。

 

「父親とおもちゃ屋さんに欲しいおもちゃを探しに行く行為」=「父親がサンタクロース」という風につながらなかったんだと思います。


朝起きた時に欲しかったオモチャが枕元にあった時の光景は今でもよく覚えているし、とても嬉しかったんだけど、サンタさんにお願いするおもちゃを父親と探しにおもちゃ屋さん巡りをしたことは、また別で楽しかったんですね。

自分も息子にクリスマスプレゼントを買ってあげるときは、ネットで注文するようなことはしないで、「サンタさんにお願いするおもちゃお探しに行こう!」と言って、必ず息子をおもちゃ屋さんに連れて行ってあげようと決めています。

 

[究極に楽しい時間」を得るには、欲しいものが手に入るまでのプロセスが大事!

インターネット普及のおかげで「色々なものがお店へ買いに行かずに、そして待たずに手に入る」というのは、便利な反面もっとも大切なプロセスを省略してしまっていると思います。

 

それは「待つ」というプロセスです。

 

自分が子どもの頃は、欲しいゲームソフトがあればお店へ予約して、当日弟と一緒に買いに行き、お店が開く前にすでにできている列に並び、手に入った後早くゲームをしたくて駆け足で弟と一緒に帰宅した記憶があります。

その、ゲームが手に入った後、家に帰るまでの「ワクワク感満載の時間」

それは本当にかけがえのないものでした。

 

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その感覚は

 

「欲しかったものが手に入った後 ~ それを初めて使うまでのわずかな時間」

 

にしか訪れません。

 

その時間が、僕の子供のころに感じた「究極に楽しい時間」だったと思います。
それが何よりも楽しい時間だと思います。

好きなアーティストのCDが出た時もそうでした。
お店で最新のアルバムを購入し、家に帰ってからCD/MDコンポにディスクを挿入するまでの時間、、本当に素晴らしかった。この時も急いで帰って、コンポの前に張り付きながら必死で歌詞カードに目をやったのを覚えています。

 

それが今はどうでしょう。

 

携帯でも欲しいゲームはボタン一つで一瞬で購入でき、待つことなく遊べてしまいます。音楽も同様に、スマホでダウンロードをすれば曲単位で購入ができ、すぐにその場で聞けてしまいます。


もちろんそれはすごく便利なことですが、僕が思う「究極に楽しい時間(商品購入後から実際に使うまでの時間)」が失われてしまったようで、寂しい気がしてなりません。

 

「買ってもらって手に入ったのに、すぐに使えない」と言うのは、単に不便なだけではなく、「実はすごく楽しい時間なんだ」という事をインターネットが普及したから生まれた今の子たちはあまり共感できない感覚なのかなと思います。

 

ディズニーランドはアトラクションに入るまでの列で並んで待っている間も楽しめるような工夫がされていると聞きます。


それは「ただ待っているのは苦痛だから少しでも楽しめるように」ということではなく、待っている時間もアトラクションの一部であり、列が少しずつ進み、もうすぐ自分もアトラクションに乗れる!というワクワク感をよく知っているからだと思います。



我が子には、できるだけその「待つ楽しさ」と言うのを教えてあげたいなと思っています。

 

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